2008年4月29日火曜日

ある休日

今日は休日だし、天気がよいということで昼くらいに目覚めた後、速攻家でた。
特に目的もなかったけどぶらぶら独りで散歩。



で、とりあえず六本木ヒルズの森美術館にいってみるか、ということでいってきました。
BMWのアートカーの展示会に行った後に、イギリスの現代アートのターナー賞(権威のある賞らしい)の歴代受賞作品をみてきた。
あと、六本木ヒルズの屋上 (Sky Deck)にまでいけるということを今回初めて知って、屋上もいってきた。
眺めはもちろんいいのだが、東京の大きさを改めて実感した。



あとカップルばかり。

その後、再び歩きまわって飯食べて帰ってきました。


明日からまた仕事です。

2008年4月27日日曜日

21世紀人@東京ミッドタウン

今日いってきました。
ISSEY MIYAKE がDirectorとして手がけた展示会。

地球の環境問題などによって現在人類が転換期にある中で、「21世紀のものづくりに対して問いを投げかける作品」を展示している。


10点ほど作品があるのだが、特に一番最初にある「ドラゴン」の画は印象深かった。
水墨画のような画なのだがなんとなくぼやーっとドラゴンの姿が立ち現れている。
画はアメリカ人のTim Hawkinsonというアーティストが描いたらしい。

展示会を見終わった後に買ったガイドブックにこの作品について以下のような記述がある。

古来、龍は西洋では「破壊」、東洋では「創造を司るもの」の象徴とされてきた。作家はどんなイメージから、この龍を生み出したのだろう。彼の答えは、意外なものだった。
「ドラゴンを描こうと思ったわけではないんです。筆を使った実験をしているうちに、だんだんドラゴンに進化した。つまり、純粋に私の筆から生まれた作品です」
画を描いてるプロセスの中から作品ができあがっていく。
最初から「これ」というイメージがあるのではなく、何となく筆を走らせていたらドラゴンになったらしい。

よくビジネスやスポーツの世界では「結果が全て」と言われるけど、画に限ったことではなく、実は結果に至るまでのこういったプロセスにこそ意味があるのではないのかと最近思う。
そのデザインの対象との対話や、さらにそれに携わる人たちとのコミュニケーションというプロセスを経てものづくりがおこなわれる。
そのプロセスは無限通りあるわけだから、最終的なデザインも無限通りある。
その中からあるデザインが立ち現れ、世に出ることになる。
あるものは社会で受けるかもしれないし、あるものは受けないかもしれない。
そしてそれは最初イメージしていたものと同じかもしれないし、全く違ったものかもしれない。

いずれにしても、デザインを決めるのはプロセスであり、よって「対話」(人-物、人-人)なんだなと。

なんとなく納得。

2008年4月26日土曜日

You are what you buy

街のデパートの壁に張ってあったクレジットカードのポスター。
女の人が背後のフルーツにとけ込んだ感じになって、"You are what you buy."というコピーをのせている。
クレジットカードを持つ必然性みたいなのを表現しているのかもしれないけど、このコピーと画が気に入ったので写メとってみた。

"You are what you buy" とは究極的には、あなたは空っぽであなたはその周りのものによって成り立っている、と言えるし、それはシステムの科学

一つの行動システムとして眺めると、人間はきわめて単純なものである。その行動の経時的な複雑さは、主として彼がおかれている環境の複雑性を反映したものにほかならない
=>
人間は彼がおかれている環境の複雑性を反映した器である
=>
"You are where you are"

というところにつながるのではないのか、と勝手に脳内変換してみた。


要は「このポスター、おもしろいなー」という話でした。

2008年4月9日水曜日

新年度

社会人になって早くも1年が過ぎた。
この1年間で色んな人と仕事をした。

もう2週間くらい前の話だけど、自分のチームを引っ張ってくれていたエンジニアのリードの人が会社を去った。
イチローはそのプレーでチームの皆を引っ張っていく、というようなことを言われているのをテレビで見たことがあるけど、本当にそんな感じの人。
自分は社会人になる前は研究も主に一人でやっていたし、何人かのチームをドライブしていく、というようなこともなかったけど、その人と間近で仕事することができたのは本当にラッキーだった。

転職先もおもしろそうなところだし、まさにその人らしい選択。
そういう選択ができるのが普通にうらやましいと思った。
隣の芝生は青い、じゃないけど。


新たなシーズンが始まりましたね.

2008年3月10日月曜日

Computer History Museum

Mountain ViewにあるComputer History Museumにいってきた。
その名の通り、コンピュータの歴史を追った博物館。

一見無造作にそれぞれのマシンが並べられているが、見ごたえはなかなかある。
Enigma, Eniac, PC, IBM 360, などなどとさまざまなマシンが陳列されており、教科書でしか見たことがないようなものも置いてあった。

下は、初めてGUIを実現したXerox Altoから始まり、Apple Ⅱ、Microsoft, Machintosh, IBM PCなどなどとPersonal Computerの歴史を追ったラック。
まるで秋葉原のパソコン店みたいな感じに並べてある。



また、下は初めて人間のチェスのチャンピオンに勝ったIBMのDeep Blueというプログラムが搭載されたマシン。
人工知能の教科書などではよく扱われる題材で、もちろん「コンピュータプログラムがチェスチャンピオンを破った → コンピューターが人間の知能に匹敵する力を持ちえた、あるいは超えた」というわけではないが(チェスチャンピオンの考えたプロセスとDeep Blueのプロセスが同じとは限らないし)、人間の知能を理解する、という果てしない挑戦における一つの大きな出来事だと思う。



単なる無機質な鉄の塊としてのマシンを展示しているだけでなく、展示してあるマシンを通してものづくりにおける開発者の熱い思いが伝わってくる、そんな博物館でした。

2008年3月9日日曜日

in Napa part 2

今日は今回の出張の最後の土曜日ということで再びNapa Valleyへ。
天気がよくてやはり気持ちがいい。

適当に見つけたワイナリーに入ってワインのtasting。
高かったけどおいしかった。気がする。

ワインは観て、香りを楽しんで、味わうものだ、とか言っていた家の近所のエロおやじの言葉を思い出した。

日本は春か。

2008年2月25日月曜日

システムの科学 part 2

以前、システムの科学について書いた。
この本のポイントは、

一つの行動システムとして眺めると、人間はきわめて単純なものである。その行動の経時的な複雑さは、主として彼がおかれている環境の複雑性を反映したものにほかならない

ということである。

この記事を読んで再び上の主張や大学の研究で関わっていた身体性認知科学のことを思い出した。
ロボットにある構造的な制約を持たせる「だけ」で、空間に散らばっている物体を収集できるということである。
つまりロボットの有している身体性をうまく利用し、センサーに反応する、という単純な手順をロボットにプログラムすることで、ロボットと物体が散らばった複雑な環境の相互作用を介して、物体収集という知的な行動が創発する。
ロボットにあらゆる情報を把握させ、IF文を用いて複雑な手順をプログラムすると結果的にロボットはずーっと計算しつづけて何もできなくなる、特に複雑な環境下では(人間はこんなことはしない。反射的であったり適当に判断することもあるがそれでうまくいっている部分はある。その意味で人間は単純だ)。
行動主体と環境との単純な相互作用を利用することによって知的な行動が創発する、というのはまさに「デザインとはなにか?」ということに対する一つのキーポイントだ。

このロボットの研究を踏まえると、上のシステムの科学の主張は次のように言い換えることができると思う(もしかして上の主張の言い換えというよりはサブセットに近いかも)。

行動システムは単純で、構造的制約や認知的制約を有しているからこそ、複雑な環境と相互作用することで知的な行動が可能になる

と。

この言い換えた主張を、では実際にエンジニアリングに携わっている身としてどのように捉えることができるか。
それはきっと、

行動主体と複雑な環境との相互作用によって知的な行動、秩序だったなにかが可能になるべく、行動主体と環境とのインターフェースをデザインする

ということになるのだと思う。
つまり創発が起こるべく仕掛けをほどこす、ということ。
「デザインとはコミュニケーションである」とよく言われるがこれもそのとおりだと思う。まさにコミュニケーションとはあなたと私、物体と私、物体と環境、などなどで発生する相互作用に他ならず、デザインとはそのインターフェースを設計することでもあるからだ(商品パッケージであっても空間デザインであっても建築であっても)。

ここでは検索ロボット(行動主体)と複雑なウェブの世界(環境)との相互作用によって知的な行動が創発することは述べた。
では人間とウェブの世界はどうだろうか。
ブラウザを立ち上げて、検索ボックスにキーワードを入力すれば自分の求めていた情報にたどり着けるし、ウェブサイトに張ってあるリンクをたどればおもしろい情報にだとり着くことができる。
そういう意味では「有益な情報にたどり着く」、という知的な行動を仕掛ける現在のインターフェースはなかなかうまくいっているとおもう。
だけどここにまだまだ色々な革新的なことができるのではないのか、という気がしてならない(これだ!というのが今はないんだけど)。
キーをタイプしなくても音声認識だけでたどり着けるとか(この研究は結構進んでいるとおもう)、ブラウザなんていらないとか、実際に手を動かすだけで好きな情報をひっぱりだしたりできる、などなどと(発想が貧弱です)。


グーグルの起こした革命の一つは、「検索ロボットの身体性」を利用し、ページランクという今考えれば単純な手順をほどこすことで検索ロボットと複雑なウェブの世界のインターフェースをデザインすることによってウェブ上の情報をうまく整理したことだ。
次の革命はもしかして人間の有している身体性をうまく利用した、人間と情報(ウェブに限らず)の間のインターフェースをデザインすることに関わっているのかもしれない。

この部分が任天堂やアップルのうまいところなんだよなー。