2010年5月1日土曜日
ブログ、再開。
2008年8月16日土曜日
ねずみの脳で学習するロボット
すごい。。
http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20080814-OYT1T00613.htm?from=main1
ロボットのセンサーが物理的に何かを感知したときに電気信号をねずみの脳におくることで、ねずみの脳が学習し、ロボットが壁に激突することを回避するようになるらしい。
2008年8月5日火曜日
Google street view in Japan
かなり久しぶりの更新。
前更新してから、北京、サンクトペテルブルク (ロシア)、トロンハイム (ノルウェー)と海外に行ったり、面白い本を見つけたり、仕事が大変なことになったりと、色々あってアップデートしておきたいことがたくさんあるんだが、とりあえず今日はこれ。
http://www.google.co.jp/help/maps/streetview/
日本でもついにローンチで、色んな場所にいけます。
昔住んでいた場所や以前通ってた場所など巡ったりすると、懐かしくなったり、新たな発見があります。
とりあえずやばい。
2008年5月22日木曜日
超私事 - ある休日の過ごし方
この間の日曜日は大学からの友人の家に友達と押し掛けた。
1年ぶり。
ちょうど1年前は赤ちゃんがまだ生まれたばかりだったんだが、早くもその子は一才。
時の流れの速さを感じる。
最初会った時は緊張してたのか、もじもじしてたんだが、段々慣れ始めてはしゃいでいた。
しかも心なしか最初会ったときよりかやたらと足で立って歩き回っていた気がする。
なんでも赤ちゃんってたくさんの知らない人に会うと脳の色んな部分が刺激されて脳が活性化するらしい。
まさにポテンシャルの固まりです。
ていうかほんとかわいい。
まじで。
一ヶ月前、自分の家に友達が赤ちゃんを連れて一緒に遊びに来る、ということで一才の誕生日として木琴を買って待ち構えて、木琴と赤ちゃんを撮りまくることを楽しみにしていたんだが、あいにく天気が悪く、赤ちゃんは来ず。。
(代わりに「木琴とかあちゃん」を撮りまくった笑)
で、今回念願叶って「木琴と赤ちゃん」を撮る事ができました(右は父親ではありません)。
家族の雰囲気もよく、見ていていい気分になれた。
2008年5月5日月曜日
山の概念空間
国立新美術館でやっている「アーティストファイル 2008 - 現代の作家たち」にいってきた。
その展示物の1つに真っ暗な空間に6つのスクリーンを立てて、それぞれのスクリーンで現実や非現実が交錯したような映像を流す作品があった。
その空間にいて映像を眺めているとなんだか不思議な気分になってきて、色々と妄想してた。
このブログのタイトルでもある"move in the field of mountains"もその妄想対象。
以下の図のような事を考えてた(絵心ないです)。
"山を動き回る"ということで、自身を磨き上げて山を登っていく、というような超ポジティブな見方もあるんだが、この概念空間はもっと色々と当てはめることができる。と思う。
- 今自分が何をするのか、という意思決定に関わること。例えば一つ一つの山が、「遊ぶこと」「寝ること」「勉強すること」「食べること」etcに相当。
- ある仕事上のタスクを達成しなければならない。どういうプロセスを経るのか。例えば、山は「自分で調べる」「上司に相談」「同僚に相談」「とりあえず寝かす」etcに相当。
- ある事柄、事件の真相。例えばインターネットの世界では、ある一つの事件についても色々な視点からの意見がある。山はそれぞれの視点に相当。
- デザインプロセス。山は「プロタイプを作る」「仕様書を書く」「誰かに相談」etcに相当
- 解決策をひねる出すこと。それぞれの山は代替案に相当。
- 本を読むということは本の作者の世界を体験するということであり、今までの自分の「山」とは違った山を登るということに相当。
- ニュートンの言葉とされている「Standing on the shoulders of giants」。今までの偉人が成し遂げた成果の上にたって、初めて新たな知見が生まれる、というやつ。(ちなみにこの言葉はニュートンがその時のライバルをバカにする意味で使ったというのを何かの本に書いてあったのを覚えている。Standing on the shoulders of giants. Not yours みたいな感じで)
- 出会いそのもの。色んな人とコミュニケーションするというのは、一つ一つの山を動き回るということに相当するのかもしれない
- その他色々。
全然文章がまとまっていないけど、そういう真っ暗な、非現実的なんだがリアルな空間の中で、空想の世界である山の概念空間について以上のような妄想をしてました。
2008年4月29日火曜日
ある休日
2008年4月27日日曜日
21世紀人@東京ミッドタウン
今日いってきました。
ISSEY MIYAKE がDirectorとして手がけた展示会。
地球の環境問題などによって現在人類が転換期にある中で、「21世紀のものづくりに対して問いを投げかける作品」を展示している。
10点ほど作品があるのだが、特に一番最初にある「ドラゴン」の画は印象深かった。
水墨画のような画なのだがなんとなくぼやーっとドラゴンの姿が立ち現れている。
画はアメリカ人のTim Hawkinsonというアーティストが描いたらしい。
展示会を見終わった後に買ったガイドブックにこの作品について以下のような記述がある。
古来、龍は西洋では「破壊」、東洋では「創造を司るもの」の象徴とされてきた。作家はどんなイメージから、この龍を生み出したのだろう。彼の答えは、意外なものだった。画を描いてるプロセスの中から作品ができあがっていく。
「ドラゴンを描こうと思ったわけではないんです。筆を使った実験をしているうちに、だんだんドラゴンに進化した。つまり、純粋に私の筆から生まれた作品です」
最初から「これ」というイメージがあるのではなく、何となく筆を走らせていたらドラゴンになったらしい。
よくビジネスやスポーツの世界では「結果が全て」と言われるけど、画に限ったことではなく、実は結果に至るまでのこういったプロセスにこそ意味があるのではないのかと最近思う。
そのデザインの対象との対話や、さらにそれに携わる人たちとのコミュニケーションというプロセスを経てものづくりがおこなわれる。
そのプロセスは無限通りあるわけだから、最終的なデザインも無限通りある。
その中からあるデザインが立ち現れ、世に出ることになる。
あるものは社会で受けるかもしれないし、あるものは受けないかもしれない。
そしてそれは最初イメージしていたものと同じかもしれないし、全く違ったものかもしれない。
いずれにしても、デザインを決めるのはプロセスであり、よって「対話」(人-物、人-人)なんだなと。
なんとなく納得。